SPACE BATTLESHIP ヤマト(ややネタバレ注意)

観に言ってきた。期待以上に良かった。面白かった。

宇宙戦艦ヤマトの物語は太平洋戦争が下書きになってるって見ていた。戦艦大和の存在は戦争末期の日本の希望でありそれが打ち砕かれた象徴である。それを地球の危機の救世主として宇宙戦艦ヤマトを位置づけてる。地球危機に陥れているガミラスは太平洋戦争時のアメリカのように放射能により攻撃をしてくる。そしてそれを救ってくれるイスカンダルガミラスとの二重惑星であり救世主と殲滅者がほぼ一体化しているという点も太平洋戦争から高度経済成長を遂げた日本の姿とかぶるものがある。

この実写版ヤマトもこの象徴性を原作以上に踏襲している。なによりガミラスイスカンダルは同一であったという設定は、正しく敵も見方もアメリカだという戦中戦後の日本をより強く皮肉に比喩しているかのようである。原作のガミラスイスカンダルは二重惑星でありながら別々の文化圏を持っていた。ガミラスが敵でありイスカンダルは神風という見方もできるけど実写版ではそれらが表裏一体ってなっている。

実写版ではガミラスイスカンダルは集合意識体って設定だ。肉体はない。一つの人格の中にある天使と悪魔のように描かれる。それは人間から見ればって話だが。だからデスラードメル将軍も出てこない。デスラー総統は集合意識体が実体化するときにそう呼ばれるわけだが。それに対して意識体は「答えはイエスでもありノーでもある」と答えた。ガミラス側もイスカンダル側もキャラクター化はされてない。

宇宙戦艦ヤマト」は日本アニメの中で敵側の人格なり理論なりを認めた初めての作品だった。そしてその相手とのやりとりが大きな魅力の一つだったんだけど。今回はガミラス側にも理はある、けどそれが人格化されてない。そこが物足りなくもあったけど今日的設定であるとも言える。

その他、箇条書きで幾つか。

  • 全編を通してドラマツルギーを支えるのが自己犠牲の精神であると言える。他者を切り捨てるというモチーフも物語の核の一つなんだけどそれもまた「他者に求める自己犠牲」と読めなくもない。そのドラマツルギーはちょっとベタすぎでもうちょい何とかならないものか。
  • 木村拓哉がはまり役かどうかというとちょっと微妙なんだが。原作での古代進はもっと設定的に若いはず。けど、彼ぐらいの重厚さと若々しさは丁度良いのかも。
  • 森雪は良かった。原作の森雪とはぜんぜん違う役柄だった。原作で彼女は女性であるというだけで何の役割も与えられていなかったのに対し、しっかり自己主張をする強い女性として描かれていた。黒木メイサもそれを魅力的に伝えることが出来たと思う。
  • 沖田艦長の「地球か、何もかも皆懐かしい」という台詞が出したのはオールドファンに対するサービスか。俺はまんまと術中に嵌ってここでウッって来ちゃったわけだw
  • メカデザインや戦闘シーンの表現に今一歩か。原作ヤマトの表現方法は革命的だった。主砲ショックカノンも波動砲もカッコ良かった。実写版には表現に工夫がなかった。そのまんま実写にしただけ。もう一ひねり欲しい。
  • クレジットを割と注意深く観ていたんだが松本零士の名前がなかったような。勘違いしている人も多いかも知れないけど松本零士は原作者ではない。だが、キャラデザイン、メカデザインでの彼の力がなかったらあの作品はなかった。松本零士は自分と関係なく作られたであろうこの作品をどんな思いで眺めてるか。彼は過剰な権利主張をするようになってるんでかなり文句言いたいに違いないw
  • アナライザーのデザインは後にR2-D2としてジョージ・ルーカスにパクられる。実写版では当初、コンパクトなPDAみたいな形でしか出てこない。終盤で全身を見せるんだけど「こんなのアナライザーじゃない!」って叫びたくなるようなハリウッド的デザインに落ちぶれていた。今、ここで嘗ての姿を出してもR2のパクリだって言われちゃうからなんだろう。
  • なんで地球全体の危機なのに日本人ばかりが活躍してるんだ?ってツッコミどころは原作を忠実に踏襲している。地球の危機にヤマトを使うことはアメリカ人が黙ってないだろう。スミソニアン博物館からエノラ・ゲイを引っ張り出したいところだがちょっと機体が小さすぎる。じゃあ、宇宙空母ジョージ・H・W・ブッシュになるのか?
  • 宇宙戦艦ヤマトの音楽で一番好きなな部分がオープニング曲のイントロのファンファーレ。それがなかなか出てこないなって思ってたら劇中で一回だけ使われていた。このイントロ聞くとテンション上がるw。

  • 劇中に「真っ赤なスカーフ」が出てこなかったのは不満だw