幽霊

■彼女は僕の親友の恋人だった。■彼女は色白で華奢だった。「私、本当は幽霊なの」と言っていた。■僕は幽霊なんて信じないよ、ほらこうやって君の体はここにあるじゃないか、そういいながら冗談めかして僕は彼女の手を触った。その手はどきりとするほど冷たかった。■確かにそうあだ名を付けられてもおかしくないような女性だった。肌の色は血が通っていることを感じさせない。でも、そこに透明な美しさがあった。■彼女と親友と俺で飲んでいた時、親友が先に酔いつぶれてしまった。その夜、初めて僕たちは体の関係を持った。■彼女は体温も低く、抱いていても生気を感じない。こちらの気持ちが熱く滾ってもその気持ちが一つになる事はなく、超えられない壁がある。身体を合わせながらそんな事を感じていた。■初めての夜が明けて、ホテルのベッドで目が覚めた僕の横に彼女はいなかった。姿だけではなく不思議と気配も消え去っていた。■さして気にも止めずに服を着ようと思ったらネクタイが見当たらない。幸い休みの日なので大して困る事も無かった。今から思えば彼女が持ち去ったのだろう。でも、そのときは酔って何処かで外してそのまま置き忘れたのだろう、ぐらいに思ってた。■その後、僕と彼女は何度かそんな事を繰り返していた。そのうち彼女と親友は別れてしまったようだ。■僕たちは一緒に暮らし始めるようになった。でもすぐに幽霊のように消えていなってしまう。消えるときは例によって気配ごと消えてしまう。そして前触れもなく当たり前のように帰ってくる。■いなくなる時、彼女はその気配を残さないのだけど、必ず何かしらが無くなった。CDとかゲームとか安物の腕時計とか。大して困る物でもなく当たり障りのない物が消えていた。■何度か消えたり現れたりを繰り返していた彼女はある時を境に本当にあらわさなくなってしまった。■彼女は不治の病を持っていてそれが悪化して死んでしまったという無責任な噂話も聞いた。しかし、彼女のことを知っている人は多いのだが確かな消息や出生などを知っている人は誰もいない。■今も何処かで生きているのか、或いは死んでしまったのか、それとも「私は幽霊なの」って言っていた言葉が本当なのか、僕には区別が付かなくなっている。■抱きしめた時の折れそうな感触、冷たい手、か細い声。あれから随分と時間が過ぎた。記憶の中にしか彼女はいないのに、その記憶すら僕の中で曖昧になっている。今や幽霊のようにリアリティがない。■いや、唯一残っている確かな事。それは彼女と一緒に消えた「もの」かもしれない。持っていたはずのCDや時計が無い。無いことに気が付くとそこに彼女の存在が脳裏に浮かぶ。■「無い」という事だけが確かに「在る」なんて、まるで彼女の存在そのものじゃないか。