どこでもドア

実は「どこでもドア」を持っている。スウェーデンのとある企業が日本のベンチャーと組んで軍需目的で開発しているのを個人的なコネクションで借り受けている。
簡単に構造を説明するとイリジウム合金を用いた超伝導メインコイルに2^32個のコイルからなる、フェイズドアレイコイルユニットを8個取り付けてある。メインコイルで42.5TT(テラ・テスラ)の地場を発生させる。強い磁力が時空を歪ませその歪みかたをフェイズドアレイコイルで調整させるという原理らしい。詳しいことは理解出来ていない。

美しいと思うのはフェイズドアレイコイルの構造だ。15cm角ぐらいのユニットの中に43億個近くのコイルが入っている。これらのコイル8192個事に一個の32bit risc cpuを制御用に搭載している。実に52万4千個ものcsp型のcpuが32段重ねのセラミック基板に整然と並んでいるだ。無論、その下に格納されているコイルは肉眼では見える大きさではない。カーボンナノチューブを使って制作されているようだ。そのユニットが八個。メインコイルを取り囲むように装着されている。

超伝導コイルであるから勿論、冷却は必要。冷却には液体窒素を用いる。本当は超低温冷却装置を外部に持っていた方が良いのだが液体窒素のボンベでも代用可能だ。

これだけの高集積回路だと熱処理が問題になる。cpu自体が45nmプロセスで製造され0.75vという超低電圧で駆動されているといっても普通は熱の問題は深刻だ。でも、前述の通り液体窒素を使うのでそれを二次的に使用することにより熱破壊を回避しているようだ。仕様書によると常温で使用した場合、0.2秒で熱破壊に至るらしい。

電源は200vの三相。最大240Aの消費電力。これは一般家庭では持っていない電源なんだが裏にある廃工場の電源が何故か生きていて俺はそれを使う事が出来る。それと前述の通り100リットル程度の液体窒素ボンベが必要。これも縁故で俺は比較的安価に用意出来る。

装置の大きさだが高さ高さ幅とも2mほど。その中央に超伝導コイルの内径60cmに合わせたた丸い穴があく。起動していない状態だとその穴は単に深さ1mほどの穴でしかない。起動すると30分ほどで超伝導コイルの内側が暗くなってくる。1時間ほもすると真っ暗になり空間ゲージがready領域に達すると超伝導コイルの向こう側は既に他の何処かだ。

さて、このどこでもドアは一方通行で向こうからこちらに戻ることは出来ないし、あちらの物質がこちらに流れ込んでくることもない。但し向こう側が真空になっていると突風が巻き起こる。そして物質が通過するたびに高い熱と消費電力が発生する。そのためコイルの「こちら側」は強化アクリルカバーでガードされている。起動してこのカバーを開ければ他の空間に移動することが理論的には可能なはずだとの事だ。

さて、今のところ実用上の問題点が二つ。
一つは移動先の指定だ。現在の処、相対座標の指定が無理らしい。従って宇宙とある点、(散光星雲IC.410とM43の中間点あたり)を原点とした位置指定をしなくてはならない。今のところ地球上という非常に小さなターゲットにぶつけるのは難しいとのこと。殆ど宇宙の何処かに放り出すって感覚なのだ。
もう一点は物質にどれだけストレスを与えるかというデータがないこと。通過時には熱が発生するが空間界面上で発生するので通過する物質には熱が伝わらないとか。衝撃も含め、理論的には人間が生きたまま、特に苦痛と感じる事もなく通過出来る程度との事だが検証がされていない。無論、宇宙空間に放り出されるわけだから自分が入るわけには行かない。送り込んだ物体も回収出来たことがない。だから大丈夫とは誰にも言えないようだ。

俺の持っているどこでもドアはそんな装置だ。これを使って何をしようとしているのかは俺には見当がつかない。というより今のこの状態では実用にならないだろう。研究はまだ始まったばかりのようだ。

せっかく持ってるので一度だけ起動した。その穴に何を入れるかは難しいところだが俺はビニール製のとっとこハム太郎の人形を放り込む事にした。アクリルカバーを開け突風に耐えながら注意深くハム太郎を放り込む。ヤツは音もなく、あっけなく瞬時に吸い込まれた。温度センサーと空間ゲージが一瞬揺れたがそれもすぐに収まる。マシンをシャットダウンし空間ゲージがゼロになって覗き込んだらやっぱり何もない。ハム太郎は何処かに消えた。

指定した場所はほぼ原点のあたり。上手くいっていれば140万光年の彼方にひまわりの種を抱えたトットハム太郎が浮かんでいるはずだ。