遅すぎるように見える中国の民主化

中国の学者ら303人が「民主化要求」、拘束者も

我々が理解している社会の発達モデルにおいて、経済の自由化と民主化がセットであると理解していた。民主主義でなかった「共産主義」の社会は概ね崩壊し、その世界の嘗ての両雄であった中国とロシアは経済は自由化されていると行って良い。ロシアは一応、自由選挙を行っているので民主化されたと言って良いか。ところが中国だけは一党独裁が続き、自由選挙とは言えない選挙が行われていると理解している。

中国は何処かで民主化されるべきと俺は考えていた。天安門事件がその動きだったとそれは徹底的に潰されてしまった。また何かの萌芽が経済発展と同時に始まるはずだと思った。そこに向かうべきエネルギーは北京オリンピックに向けてガス抜きされてしまったのかも知れない。

北京オリンピックは終わり、予想されていたように中国経済は下降し始めたように思える。そのタイミングで民主化運動か。遅すぎだ。民主化への動きの混乱と、経済破綻の混乱を両面から抱えることになりはしないか。

上手く行けばさらなる経済発展を遂げられるチャンスかも知れない。中国の多くの人たちが貧富の差をある程度克服すれば消費はさらに伸びる筈だ。今回の民主化の動きが活発になるのであればそれは両刃の剣になる。もっと早く動けばもっと良い方向に向かったと思うのだけどね。

中国のさらなる経済発展が世界にとって良いのか悪いのか。判断に苦しむところだ。短期的にはサブプラ問題に端を発した金融危機に対する突破口になるかも知れない。けど、長期的に見ると地球が持ってる有限な資源の枯渇とかを早める結果になるのだ。