最後の「プラネタリウム」とか


川崎市の生田緑地内に青少年科学館という場所があって、ここは古くからプラネタリウムの投影を行っている。俺は川崎市に長いこと住んでいたのでここのプラネタリウムは好きでよく行っていた。当時は五嶋プラネタリウムに次いで日本で2番目の大きさのプラネタリウムだと聞いた。自転車で行ったこともあるようなかすかな記憶がある。確か俺が子供の時の入場料は20円だった。川崎市の小学生であることが判ればその値段で見ることが出来る。理系よりの子供だったので値段の安さもあるし、大好きな場所だった。

その後、懐かしいあの場所にあの有名なメガスターが導入されたという話を聞く。今はメガスターと古いプラネタリウム機で投影を行っているのだ。メガスターが見れるようになってから三回目の訪問になる。前回、息子を連れて行ったときは三歳か四歳ぐらいだった。今は八歳になったので前よりは内容が理解出来るようになってるのではないか。っていうか、このプラネタリウムが開設されたのは1971年なのでもしかしたら俺が始めてプラネタリウムに接したときがそのときかもしれない。当時、俺は八歳だったはず。息子もその年齢になっているのだ。

行くまでは全然知らなかったんだけど、どうやらこのプラネタリウムの施設は全面的に改築されるらしい。そして、昔から我々を楽しませてくれた古いプラネタリウムGMⅡは引退するとの事だ。

今まで三度、古いGMⅡとメガスターの両方を使った投影を見てきたけど、ここの職員は決してメガスターだけの投影を行わない。それはなんでだろう、古い機械が好きなだけかな、華々しく登場したメガスターが気に入らないのかとか思ってたらそれだけではないようだ。

青少年科学館に設置されているメガスターには惑星投影機能が無いのだ。惑星の動きは複雑なのでそれを組み込むのが難しい。そんなわけで古い機械も一緒に使っていたという説明だった。プラネタリウムの語源はプラネット=惑星だ。惑星を映せないここのメガスタープラネタリウムとは言えないかも。

古い機械を使い続けているのには上記のような理由があったんだけど、だからといって職員に愛着が無かったわけではない。説明員の人が「私たちはこの古い黒い機械をとても大切にしてます」って言ってた。可愛がられていた機械なんだろう。俺も寂しい感じがするけど職員達の寂しさはその比ではないと察する。

最後だと聞いて俺は何枚か写真を撮った。少しその場に留まって最後の方に出る事にした。職員の人が送り出してくれていたので声をかけた。「この機会無くなっちゃうんですね。寂しいです。私は小学校の時からこれで星を見てました」と伝えた。何人かいた職員はとても嬉しそうな顔をしてくれた。とりわけ年かさの職員が嬉しそうに見えた。ちゃんと謝意を伝えられて良かったと思う。

世界に誇れる日本のメガスターという機械は川崎市在住の個人である大平貴之さんという人が作ったものだ。大平さんが初めて見たプラネタリウムは俺と同じでここの機械だったらしい。いわばここのGMⅡはメガスターの生みの親なのだ。


この建物も無くなるって事らしい。google mapによる航空写真。


関係ないけど生田緑地内の水面。


同じく梅


近づいても逃げない、根性の座ったカラス。

生田緑地でのプラネタリウムは2010/05/09までは今まで通りらしい。メガスターGMⅡを一緒に見れる最後のチャンスだ。俺はもうお別れしたので行かないだろうな。案内してくれって頼まれれば行くけどって感じだ。
生田緑地内にはこの他にも日本民家園と岡本太郎美術館がある。どちらも見応えがあるので是非一度行ってみると良いと思う。